2019年03月20日
『髪結いの亭主』:C'est la vie
データ
『髪結いの亭主』Le Mari de la coiffeuse
評価:☆☆☆☆☆☆☆・・・
年度:1990年(製作)
鑑賞:封切り時にスクリーンで鑑賞。2019年BS/CSで再視聴。
監督:パトリス・ルコント
美術:イヴァン・モシオン
俳優:ジャン・ロシュフォール(アントワーヌ) アンナ・ガリエナ(マチルド)
ヘンリー・ホッキング(12歳のアントワーヌ) ティッキー・オルガド
製作国:フランス
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予告編より
批評
「あなたが死んだり 私に飽きる前に死ぬわ
優しさだけが残っても それでは満足できない
不幸より死を選ぶの」 マチルドの遺書より
男の夢、ですね、一種の。
女が死を選ぶほど自分を愛してくれるとは。
甘美な日々の果てにその決意を固めるまで。
そしてその夢は苦く暗い後味を残し、夢が叶った男は生きながら死を生きるのです。
思えば、少年時代に「美容師と結婚する」と決意した初老の男が、
初恋の美容師の死によって深いトラウマを刻まれてしまった少年時代を埋め合わせて余りある完璧な美女の美容師と結婚し、
文字通り髪結いの亭主として(邦題素晴らしい)労働もせずに生活し、愛し愛される日々を送ったのですから、もうこれが絶頂。
その幸福きわまる日々の終焉がやがて来ることを感知できないはずはないのです。
ないのですが、男は永遠に続くかのように過ごしていました。
「マチルドが(妊娠して)大きな腹になることなど考えられない」
すぐれて男のエゴと言うべきでしょう。
永遠を信じる男、いやそんなこともわからない夢見る少年のような男と、おそらくは辛苦の人生を歩んできて永遠を信じない女が愛し合うとき、どこかでケリをつけるしか「美しい」結末はないのです。
女はみごとに決着をつけ、終わりよければすべて良しの人生をこの世に創造しました。
男は自分のエゴに向き合いながら苛まれて寿命まで生きていくのです。
でもそれもまたC'est la vie 。
彼、昔から思い出とともに生きることが得意でしたから。
アラビア風の踊りを踊ることが一回でもあったかどうかだけ知りたい。
小さな耽美の地点から人生の機微の地平線まで触手が伸びる優れた作品でした。
『髪結いの亭主』Le Mari de la coiffeuse
評価:☆☆☆☆☆☆☆・・・
年度:1990年(製作)
鑑賞:封切り時にスクリーンで鑑賞。2019年BS/CSで再視聴。
監督:パトリス・ルコント
美術:イヴァン・モシオン
俳優:ジャン・ロシュフォール(アントワーヌ) アンナ・ガリエナ(マチルド)
ヘンリー・ホッキング(12歳のアントワーヌ) ティッキー・オルガド
製作国:フランス
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予告編より
批評
「あなたが死んだり 私に飽きる前に死ぬわ
優しさだけが残っても それでは満足できない
不幸より死を選ぶの」 マチルドの遺書より
男の夢、ですね、一種の。
女が死を選ぶほど自分を愛してくれるとは。
甘美な日々の果てにその決意を固めるまで。
そしてその夢は苦く暗い後味を残し、夢が叶った男は生きながら死を生きるのです。
思えば、少年時代に「美容師と結婚する」と決意した初老の男が、
初恋の美容師の死によって深いトラウマを刻まれてしまった少年時代を埋め合わせて余りある完璧な美女の美容師と結婚し、
文字通り髪結いの亭主として(邦題素晴らしい)労働もせずに生活し、愛し愛される日々を送ったのですから、もうこれが絶頂。
その幸福きわまる日々の終焉がやがて来ることを感知できないはずはないのです。
ないのですが、男は永遠に続くかのように過ごしていました。
「マチルドが(妊娠して)大きな腹になることなど考えられない」
すぐれて男のエゴと言うべきでしょう。
永遠を信じる男、いやそんなこともわからない夢見る少年のような男と、おそらくは辛苦の人生を歩んできて永遠を信じない女が愛し合うとき、どこかでケリをつけるしか「美しい」結末はないのです。
女はみごとに決着をつけ、終わりよければすべて良しの人生をこの世に創造しました。
男は自分のエゴに向き合いながら苛まれて寿命まで生きていくのです。
でもそれもまたC'est la vie 。
彼、昔から思い出とともに生きることが得意でしたから。
アラビア風の踊りを踊ることが一回でもあったかどうかだけ知りたい。
小さな耽美の地点から人生の機微の地平線まで触手が伸びる優れた作品でした。
Posted by gadogadojp at 10:00│Comments(0)
│映画
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