2020年01月24日

『Love Letter』:お元気ですか〜〜

データ
『Love Letter』

評価:☆☆☆☆☆☆☆☆・・
年度:1995年
鑑賞:ビデオ、DVDで鑑賞。2020年BS/CSで再視聴。
監督:岩井俊二
撮影:篠田昇
俳優:中山美穂 豊川悦司 酒井美紀 柏原崇 范文雀 篠原勝之 加賀まりこ 鈴木蘭々
   中村久美 塩見三省 鈴木慶一 田口トモロヲ 光石研      
製作国:日本
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『Love Letter』:お元気ですか〜〜




批評

『ラストレター』を観ました。この新作について、岩井俊二監督の大ファンの妻は的確にもこう言いました。
静かで詩情に溢れた再生もしくはケリつけの物語。油断してると抉ってくるけど、美化された中二病いや高三病的な世界観に包まれるのが心地よい。

『ラストレター』鑑賞の前の”予習”のため、録画しておいた本作『Love Letter』を再鑑賞しました。25年前に作られた本作に対しても妻の指摘がそのまま当てはまることに驚きました。両作品の主役たちはケリをつけて再生できたかもしれませんが、岩井監督は今までもこれからもケリがつけられないのだなと思いました。美しくも執拗にこの主題は繰り返されていくのでしょう。

そもそも本作のような分野の作品は私には苦手です。私自身、中二病的な心は払拭できていませんが、中学や高校時代の自分はとても醜悪だったと感じることが多いので、あまり自分の昔を振り返りたくないからです。おまけに岩井監督のこの両作品は”今も断ち切り難い思慕の記憶”を扱っていますから、そういう経験に乏しい私には単なる恋愛ものに映るのです。私は他人の恋愛話には関心がありません。

ところが、本作は私の心を打つのです。

両作品ともなまじな生活臭の一切を削ぎ落とし、純粋化されます。現在や保存された記憶の回想シーンからは、印象派の名画を見るような、具象画でありながら抽象化された美しさをただ感じるからだと思います。只管に私的を貫けばかえって一般的になるのでしょう。そこが岩井監督作品の魅力の秘密だと思っています。

一つ具体例を挙げます。
本作の主役中山美穂さん演じる渡辺博子、藤井樹の二人の女性は食事をしません。いえ食事シーンは少しばかりあるのですが、彼女が美味しそうに食べ物を頬張る映像はありません。生々しい場面がないのです。服を着替えるシーンや入浴シーンはなく、小樽の藤井樹など熱が続いているのに髪も体も垢じみずまた臭そうでもありません。痒くてポリポリ、などもないのです。いえそういう中山美穂さんが唯一服を脱ぐシーンがあります。コート一枚だけなのですが、終盤のあの雪山に叫ぶシーンの直前、転んで雪のついたコートを脱いでセーター一枚になって「お元気ですか〜」と叫びます。過去からの束縛にケリをつけたいとする彼女の心情をコート一枚で表現するのです。抑制に抑制を重ねた上でのずるいほど美しい象徴化です。

対して現実からの生々しさは、関西弁を話しやや強引なアプローチを重ねる秋葉茂(豊川悦司さん)が象徴します。とはいえその生々しさはきわめて節度が保たれたものですので、ほぼ生身の男は感じないのです。現実の男そのものではなく、博子がこちらに戻る時をゆっくり温かく待っている現実、の象徴なのでしょう。

もう一つ具体例を挙げます。これは妻の指摘です。
神戸の渡辺博子の家族模様が描かれないだけでなく、彼女はどんな仕事をしているのか(していないのか)についての描写がありません。主人公なのに日常の姿がほとんど描かれないのです。まるで幽霊のようです。これも現実の生々しさを避ける狙いなんでしょうね。


純化・美化をこれだけ徹底されたら、好きなジャンルでなくても好きになるしかないじゃないですか。ええ、素晴らしい作品です。傑作です。



『Love Letter』:お元気ですか〜〜




コメント

再鑑賞して、神戸の「コム・シノワ」※のケーキや摩耶山の「掬星台(きくせいだい)」※というご当地話題が出てきたことに初めて気がつきました。両方ともにおなじみだった私は嬉しくなりました。

※現在は「ブーランジェリー コム・シノワ」でおいしいケーキをいただくことができます。
※神戸の夜景ポイントの三本の指に入るだろう摩耶山の掬星台には、ケーブル・ロープウェイを乗り継いでいくことができます。



近いうちに『ラストレター』を書くつもりです。そこでは両作の簡単な比較ができればいいと考えています。
その準備として、ここでは、本作における”ラブレター”は何種類登場するのか、妻と合議(笑)のうえ一致した結論を書いておきます。

紙に書いたラブレターは、中山美穂さんどうし、つまり渡辺博子と藤井樹(女性)との往復書簡だけです。そもそも博子が故人藤井樹(男性)の小樽時代の住所に手紙を書いたところ、藤井樹の名で返事が来たところから物語が動いたのでした。秋葉茂は「天国から(ラブレター)?」と驚きましたね。
でもそれ以外にも、たとえば高校時代の藤井樹(柏原崇さん)が、学校の図書室の蔵書の中でまだ誰も借り出したことのない本を次々と借り、その白紙の貸し出しカード(現代には使われません)のTOPに藤井樹と記入し続けたのですが、この藤井樹という名は女性の藤井樹のことだったのでしょう。同姓同名をからかわれ続けた二人は、相手のことを好きだと言うわけにもいかなくなり、彼はその思いをこのカードで表現していたということです。”letter”の意味は本来”文字”ですから、これも立派なラブレターというわけです。さらに転校の時には、最後に借りたプルーストの「失われし時を求めて」※の貸し出しカードの裏に、彼女藤井樹のみごとな似顔絵を描いたのでした。これも絵で描いたラブレターです。
そして最後のラブレターは、男性の藤井樹が遭難した山に向かって(付き合っていた)渡辺博子が「お元気ですか〜」と叫ぶ有名なセリフ、、これはカジュアルな手紙の書き出しの常套句ですから、これもまたラブレター。声に出したラブレターなのです。

※「失われし(失われた)時を求めて」は20世紀の小説界を劇的に変貌させたプルーストの小説です。「長いあいだ、私は夜早く床に就くのだった。」から始まるこの小説の内容のほぼ全てが自らの回想です。長いうえに難解なので私は通して読めていませんが、要するに自分(と自分に関わる多くの他者や時代)の過去の記憶を辿ることが小説になるのだと気づかせてくれる一人称の書物です。このタイトルだけでも、本作にふさわしい書物と言えましょう。





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Posted by gadogadojp at 10:00│Comments(0)映画
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