2019年08月20日

『U・ボート』:永遠に続くドイツ人の自省

データ
『U・ボート』
Das Boot
評価:☆☆☆☆☆☆☆☆・・
年度:1981年
鑑賞:2019年BS/CSで視聴。
監督:ウォルフガング・ペーターゼン
原作:ロータル=ギュンター・ブーフハイム
音楽:クラウス・ドルディンガー
俳優:ユルゲン・プロフノウ(艦長:大尉) 
ヘルバート・グリューネマイヤー(海軍報道班員ヴェルナー少尉 )
アーウィン・レダー(ヨハン機関兵曹長 あだ名は幽霊) クラウス・ヴェンネマン(機関長)
オットー・ザンダー(トムゼン艦長)
ベルント・タウバー マルチン・ゼメルロッゲ クロード=オリヴィエ・ルドルフ 
オリヴィエ・ストリッツェル ハインツ・ホーニヒ ウーヴェ・オクセンクネヒト  
製作国:西ドイツ
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『U・ボート』:永遠に続くドイツ人の自省




コメント・批評

潜水艦映画として紛れもない傑作です。
元は連続TV映画だったというから驚きますが、135分の劇場映画に編集した手腕もお見事です。
緊張感と悲愴感漂う主題曲も胸に迫ります。『遊星からの物体X』テーマと同じテイストを感じます。
西ドイツのウォルフガング・ペーターゼン監督はここから世界に飛び立ちました。

運悪く封切り上映で鑑賞できなかった本作とようやく出会えました。スクリーンで観たなら星の数も増えるでしょう。

連続TV映画ゆえ、制作には二年を要したそうです。ほぼ無名だった役者陣は彼らの人生背景を与えられ、二年間の”拘束”を通じてその人格になりきり、同時に疲労の極に達し、そのことが映画に迫真のリアリティーを与えました。
映画版では彼らの背負った人生はほとんど省略されていますが、それでも彼らの存在に現実感がありありと感じられます。
この現実感は、昨今のほとんどの戦争映画からは感じ取れない類のものです。
それに加えて艦内の”臭気”も相当なもので、観ていて鼻がムズムズします。私ここでは眠れませんし、慣れて眠れるようになった自分が嫌です。


『U・ボート』:永遠に続くドイツ人の自省




本作は、冒頭の酒場シーンと、二度のUボート・ブンカー(防空ドック)周辺のシーン、補給船内の短いシーンを除いて、ほぼ全編が狭いUボート内での映像となります。戦争自体が人間存在にとっての危機なのですから、その中でも狭い潜水艦内という設定は、人間の極限状態を表すにはもってこいの場面です。船やビル、航空機内などで閉じられた空間を不自然に用意しなくても、英雄でない普通の人間のギリギリの心理と行為が自ずと露出します。

米独映画『眼下の敵』では海上の駆逐艦と海中の潜水艦の息詰まる駆け引きが表現されましたが、本作ではもっとシンプルに、潜水艦内でほとんどのドラマが進行するわけです。そのドラマを一つ一つ書くことはしません。他の潜水艦映画と同じようなことが起きるだけです。
ただし、潜水艦の戦い、中でもドイツのそれに全くもって詳しくない私でも、実にツボを衝いた描写だと思ったディテールをいくつか紹介します。私の解釈が間違っているものもあるかもしれませんがそこはご容赦願います。


『U・ボート』:永遠に続くドイツ人の自省

ラ・ロシェルブンガー(Wikipediaより):本作のUボートの母港です。ドイツ占領下のフランスに建設されました。


・前述のUボート・ブンカー(防空ドック)はUボートを生み、修理する場所です。極端に堅固に建造されたブンカーは、Uボートや乗組員にとって我が命を守ってくれる唯一の場所であり、安らぎの港であったはずです。本作のボートが出航する前にかなり長尺で内部が描写されたのは、その安全性をじっくり見せる意味もあったのでしょう。それだけに、本作最後で、このボートがブンカーの水路で破壊されてしまうことの衝撃が観客に伝わるのです。

・ソナーのping音が艦内に鳴り響く恐怖。ドイツのUボート対策に米英が開発したアクティブソナーは潜水艦戦争映画にはおなじみではあるけれど、駆逐艦の増援体制の充実と相まって、海域におけるドイツUボートの優勢はもはや過去のものであることを本作はソナーを用いて語っています。

・チャーチルという敵国首脳の悪口(批判ではなく、悪口雑言)を並べ立てるだけの自国放送に腹を立てた艦長は、敵国の音楽を流してナチスが牛耳る自国への皮肉な(理性に向けての)中和行動をとります。同時に、同乗するナチスの中尉に「信念があれば平気だろう」と皮肉を言い放ちます。このことに関しては次に一文を書き、本稿を終えます。


西ドイツや現在のドイツにとって、第二次大戦の戦争映画を製作する際には重要な方針があります。それはナチスを肯定しないこと。
世界史にどす黒いシミを残す民族虐殺を実行したナチスドイツの悪行はどう言う観点からも良い評価を与えるわけにはいかず、人類はこの史実を恥じながらも常に自省を続けることによって同じ繰り返しを防止する〜これは第二次大戦で人類が得た悲しい教訓です。とりわけ当の”本人”であるドイツにとっては重要な自省と教訓のデフォルトとなります。ナチス的なものをもう二度と生み出さないために。
しかしながら、あのナチス党の台頭を許したのはナチスとは無縁の一般ドイツ人であることもまた疑いようがなく、憲法が許したもっともらしい「緊急事態条項」と言う隙を認めていたことが愚かだったと言うほかはありません。
そのため、戦争映画やドラマを制作する際には、1)必ずナチス党に批判的であること 2)一般ドイツ軍人がナチスによる犠牲者ぶらないこと、つまりナチス独裁に対して皮肉を言うしかないこと と言う屈折した設定が必須になります。その点が創作活動としての足かせになるのは間違いありませんが、本作においてもこの基本方針は貫かれていて、私はドイツ人が自らの過去を永遠に反省する姿勢を保ち続けていることを清々しく感じているのです。




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Posted by gadogadojp at 10:00│Comments(0)映画
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