2019年01月28日
『パターソン』:詩作とは生活すること
データ
『パターソン』
評価:☆☆☆☆☆☆☆☆・・
年度:2016年
鑑賞:2019年BS/CSで再視聴。
監督:ジム・ジャームッシュ
音楽:スクワール
俳優:アダム・ドライヴァー(パターソン) ゴルシフテ・ファラハニ(ローラ)
バリー・シャバカ・ヘンリー(ドク) クリフ・スミス(メソッド・マン)
ウィリアム・ジャクソン・ハーパー(エヴェレット) チャステン・ハーモン(マリー)
ネリー(マーヴィン) 永瀬正敏
製作国:アメリカ
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写真は全て公式HPより
批評
永瀬正敏さん扮する日本の詩人が、最後にかっさらっていきましたね。まるで天使の降臨のように、主人公パターソンを「生活の死」から救うのですから。
それもまた、パターソンというこの町の持つ「詩」のパワーが呼び寄せたのかもしれません。
救われた後で書いた詩は、それまでの個人の感慨レベルを超えた素晴らしい出来栄えでした。
パターソンはパターソンで暮らす詩人です。職業はバスの運転手。詩は仕事ではありません。詩を書かずにはおれない男です。
日本で例えるなら、美しい風景や自分の気持ちと向き合った時、思わず一句ひねってしまうアマチュアの俳人や歌人。
その彼にとって、詩を書き留めたノートはとても大切なものであったようで、それは私のような非詩人から見れば「思い出してまた書けばええやん」と思うところですが、ノート自体が彼の詩心。つまりは生活=人生の一部だったのでしょう。
そのノートが失われたため、彼の生はしぼみ、消滅の危機に瀕したのです。

名演のネリー
主人公パターソンたち登場人物は、いえ犬さえも、日常性の中で生きています。その行動は滅多に大変化しません。ルーティン(routine)というやつです。
パターソンは朝6時過ぎに起床します。目覚まし時計を使わなくても前後10分ほどの狂いしかありません。
隣には中東系の美人妻ローラが眠っています。起床前の二人はいつも仲良く狭いベッドで寝ています。
彼は妻にキスして起床します。妻は見た夢の話をして、再び眠りにつきます。
一人でリングシリアルを食べ、妻が作っておいてくれた弁当を下げて職場に向かいます。
バスの出発指示を受けるまで彼は運転席で詩を考え、ノートに書き留めています。妻を愛し賛美する詩が湧き出ます。
彼の運転するバスはいつも決まったルートを船が滑るようになめらかに走行していきます。素敵な映像です。
運転中はさすがに詩を書き留めることはできませんが、乗客の他愛ない会話も適度な刺激になって、彼の脳内では詩が流れているのでしょう。
ランチどきには弁当箱を開きます。そこにはモノトーン好きな妻が作ってくれた奇抜な姿の食事が入っています。
美味しいとは限らず、一口食べて残すこともあるようですが、妻が好きでたまらない彼は気にしていません。
勤務が終わると自宅に帰ります。なぜかいつも郵便受けが傾いていますから、それを修正して玄関を開けます。
自宅内では、今日も室内をモノトーンで飾り付けている愛妻が待っています。
妻が作る夕食はやはりいつも美味しいとは限りませんが、彼に不平はありません。
夕食の後は、犬のマーヴィンを散歩に連れ出します。散歩の途中には犬を表で待たせ、行きつけのバーに入り、バーテンダードクのパターソン(町)自慢とほどよく付き合い、帰宅します。
まさにこれがパターソンのルーティンなのです。
さて、このようにルーティン通りのパターソンの日常なのですが、少し見方を変えれば、同じことの繰り返しのようで微妙な違いがあります。
起床時刻は少しずつずれます。そのときの二人の姿勢は背中合わせや向き合いなど微妙に異なります。ローラの夢は毎回違います。弁当はいつもモノトーンですが、同じ食べものが続くわけではありません。バスの乗客の顔ぶれは変わりますし、妻のアート心の対象はある日は壁のペンキだったりある日はファッションだったりギターだったりします。その妻に、自分たちに双子が生まれる夢を見た、と告げられた後、彼は妙にたくさんの双子に出会ったりするのです。その双子の中のある少女から詩作の刺激を受けることもあります。いつものバーで男女の争いを止めようとして、パターソンが思わず軍隊時代の訓練成果を披瀝する場面もありました。
そういう小さな変化があるから、パターソンの詩だって新作が生まれるのでしょう。
ところが、その「ルーティンを大きく変えてしまうとしっぺ返しがきます。」(by 妻)
いえ、パターソンやローラからみれば小さな変化なのかもしれません。
ローラが作ったモノトーンのクッキーがバザーで完売するという出来事があり、二人はその祝いに夕食に出かけて遅い帰宅になっただけですから。
ところが、この家庭の家族は二人ではなく、三人だったのです。
犬のマーヴィンもその一員。それどころか主人気取り。
その夜の外食に彼を連れて行かず、当然のことに散歩もしませんでした。
そこで惨事が起こります。無視されて怒った彼は、パターソンの大切な詩のノートを完膚なきまでに破壊してしまったのでした。
パターソンにとって大切なものは何か、マーヴィンはよく知っていたのです。
で、生活と不可分であったノートを失ったパターソンは「生活の死」に直面するのですが、、、ここで本文冒頭に戻ります。

コメント
ジャームッシュ監督の演出は静かに冴え渡り、ユーモアと愛情に溢れる名作になりました。
アダム・ドライヴァーはやはり良い役者です。
犬のネリーなど他の出演者たちの粒立ち具合もとてもほどよくて、心地よい作品に仕上がりました。
映画が好きな方は観ておかれることをお勧めします。
アハン?
『パターソン』
評価:☆☆☆☆☆☆☆☆・・
年度:2016年
鑑賞:2019年BS/CSで再視聴。
監督:ジム・ジャームッシュ
音楽:スクワール
俳優:アダム・ドライヴァー(パターソン) ゴルシフテ・ファラハニ(ローラ)
バリー・シャバカ・ヘンリー(ドク) クリフ・スミス(メソッド・マン)
ウィリアム・ジャクソン・ハーパー(エヴェレット) チャステン・ハーモン(マリー)
ネリー(マーヴィン) 永瀬正敏
製作国:アメリカ
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写真は全て公式HPより
批評
永瀬正敏さん扮する日本の詩人が、最後にかっさらっていきましたね。まるで天使の降臨のように、主人公パターソンを「生活の死」から救うのですから。
それもまた、パターソンというこの町の持つ「詩」のパワーが呼び寄せたのかもしれません。
救われた後で書いた詩は、それまでの個人の感慨レベルを超えた素晴らしい出来栄えでした。
パターソンはパターソンで暮らす詩人です。職業はバスの運転手。詩は仕事ではありません。詩を書かずにはおれない男です。
日本で例えるなら、美しい風景や自分の気持ちと向き合った時、思わず一句ひねってしまうアマチュアの俳人や歌人。
その彼にとって、詩を書き留めたノートはとても大切なものであったようで、それは私のような非詩人から見れば「思い出してまた書けばええやん」と思うところですが、ノート自体が彼の詩心。つまりは生活=人生の一部だったのでしょう。
そのノートが失われたため、彼の生はしぼみ、消滅の危機に瀕したのです。

名演のネリー
主人公パターソンたち登場人物は、いえ犬さえも、日常性の中で生きています。その行動は滅多に大変化しません。ルーティン(routine)というやつです。
パターソンは朝6時過ぎに起床します。目覚まし時計を使わなくても前後10分ほどの狂いしかありません。
隣には中東系の美人妻ローラが眠っています。起床前の二人はいつも仲良く狭いベッドで寝ています。
彼は妻にキスして起床します。妻は見た夢の話をして、再び眠りにつきます。
一人でリングシリアルを食べ、妻が作っておいてくれた弁当を下げて職場に向かいます。
バスの出発指示を受けるまで彼は運転席で詩を考え、ノートに書き留めています。妻を愛し賛美する詩が湧き出ます。
彼の運転するバスはいつも決まったルートを船が滑るようになめらかに走行していきます。素敵な映像です。
運転中はさすがに詩を書き留めることはできませんが、乗客の他愛ない会話も適度な刺激になって、彼の脳内では詩が流れているのでしょう。
ランチどきには弁当箱を開きます。そこにはモノトーン好きな妻が作ってくれた奇抜な姿の食事が入っています。
美味しいとは限らず、一口食べて残すこともあるようですが、妻が好きでたまらない彼は気にしていません。
勤務が終わると自宅に帰ります。なぜかいつも郵便受けが傾いていますから、それを修正して玄関を開けます。
自宅内では、今日も室内をモノトーンで飾り付けている愛妻が待っています。
妻が作る夕食はやはりいつも美味しいとは限りませんが、彼に不平はありません。
夕食の後は、犬のマーヴィンを散歩に連れ出します。散歩の途中には犬を表で待たせ、行きつけのバーに入り、バーテンダードクのパターソン(町)自慢とほどよく付き合い、帰宅します。
まさにこれがパターソンのルーティンなのです。
さて、このようにルーティン通りのパターソンの日常なのですが、少し見方を変えれば、同じことの繰り返しのようで微妙な違いがあります。
起床時刻は少しずつずれます。そのときの二人の姿勢は背中合わせや向き合いなど微妙に異なります。ローラの夢は毎回違います。弁当はいつもモノトーンですが、同じ食べものが続くわけではありません。バスの乗客の顔ぶれは変わりますし、妻のアート心の対象はある日は壁のペンキだったりある日はファッションだったりギターだったりします。その妻に、自分たちに双子が生まれる夢を見た、と告げられた後、彼は妙にたくさんの双子に出会ったりするのです。その双子の中のある少女から詩作の刺激を受けることもあります。いつものバーで男女の争いを止めようとして、パターソンが思わず軍隊時代の訓練成果を披瀝する場面もありました。
そういう小さな変化があるから、パターソンの詩だって新作が生まれるのでしょう。
ところが、その「ルーティンを大きく変えてしまうとしっぺ返しがきます。」(by 妻)
いえ、パターソンやローラからみれば小さな変化なのかもしれません。
ローラが作ったモノトーンのクッキーがバザーで完売するという出来事があり、二人はその祝いに夕食に出かけて遅い帰宅になっただけですから。
ところが、この家庭の家族は二人ではなく、三人だったのです。
犬のマーヴィンもその一員。それどころか主人気取り。
その夜の外食に彼を連れて行かず、当然のことに散歩もしませんでした。
そこで惨事が起こります。無視されて怒った彼は、パターソンの大切な詩のノートを完膚なきまでに破壊してしまったのでした。
パターソンにとって大切なものは何か、マーヴィンはよく知っていたのです。
で、生活と不可分であったノートを失ったパターソンは「生活の死」に直面するのですが、、、ここで本文冒頭に戻ります。

コメント
ジャームッシュ監督の演出は静かに冴え渡り、ユーモアと愛情に溢れる名作になりました。
アダム・ドライヴァーはやはり良い役者です。
犬のネリーなど他の出演者たちの粒立ち具合もとてもほどよくて、心地よい作品に仕上がりました。
映画が好きな方は観ておかれることをお勧めします。
アハン?
Posted by gadogadojp at 10:00│Comments(0)
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