2018年04月29日

『阪急電車 片道15分の奇跡』

データ
『阪急電車 片道15分の奇跡』
評価:☆☆☆☆☆☆☆・・・
年度:2011年
鑑賞:封切り時にスクリーンで鑑賞。2017年BS/CSで再視聴。
監督:三宅喜重
脚本:岡田惠和
原作:有川浩
俳優:中谷美紀 宮本信子 南果歩 戸田恵梨香 芦田愛菜 高須瑠香 谷村美月 有村架純 小柳友 勝地涼 
   玉山鉄二 相武紗季 鈴木亮平 大杉漣 安めぐみ
製作国:日本
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『阪急電車 片道15分の奇跡』

パンフレットより



コメント

「人はそれぞれ皆
 いろんなやりきれない気持ちを抱えて生きている
 死ぬほどつらいわけではないけれども
 どうにもならない思いを抱えて生きている
 そして、その気持ちは誰にも言えないのだ」


 でも、もし言えるなら?


中谷美紀さんや宮本信子さんのすっくとした演技、
南果歩さんのみごとな地味さ。
これらベテラン役者にからんで、
戸田恵梨香さん、芦田愛菜さん、高須瑠香さん、谷村美月さん、有村架純さん、小柳友さん、勝地涼さん、玉山鉄二さんなどの若手が
演出の意図を理解してそれぞれの役割をきちんと果たし、
群像劇が静かにバラバラに展開しながら、
やがて人と人とのつながりを浮かび上がらせる手法が、
ほぼ狙い通り成功した作品のように見受けました。

かすかな、いっときだけの出会いが、
傷ついた人を救うこともあるという夢を見せてくれます。

このような他人どうしの偶然の出会いなどあり得ないと看る方もおられるでしょうが、
阪急電車なら、中でも今津線なら起こるかも知れない、
と思わせるところがうまいと思いました。

各駅や沿線の風景描写も見所です。

妻の妹がエキストラ参加し、後ろ姿が写っているところも見所です。(なんでやねん)


『阪急電車 片道15分の奇跡』




少し思い出話をお許しください。

私は3歳からの12〜3年間、西宮市仁川四丁目、聖クララ会修道院の向かいに住んでいました。
ですから、電車と言えばまずこの今津線の阪急電鉄が思い出されるのです。

小学1年生になった私は、甲東小学校に通うために阪急電鉄今津線に乗車することになりました。
今津線仁川駅から甲東園駅まで一駅だけですが、定期券がちょっと嬉しかったような。

ほどなく校区が再編され、関西学院大学の近くに上ヶ原小学校が開設され、
私たちの学年の一部は移籍することになり、その後は徒歩通学。
阪急電鉄今津線の定期券にさようなら。

でも、中学1年生から高校1年生までは再び仁川駅から阪急電車に乗って神戸方面に通学することになりました。

その頃の今津線はまだかなり古い車両も使われていました。
800系とか900系とか言うのでしょうか、
使い込まれて味のある古びた車両で、扉付近の座席の仕切りがやたら高く、
そこに設置されたポールが新型車両よりうんと短かったことを、なつかしく思い出します。
ややくたびれたシートの色が美しい緑色でした。

西宮北口駅構内では神戸線と今津線が平面で交差していて、
そこを通過する時の独特のリズミカルな音は、
西宮北口駅で乗り換える中学生の私の耳にもよく聞こえ、
いまも忘れられません。

車窓から外の風景を眺めるのがとても好きな少年であった私は、
映画の登場人物の一人権田原美帆さんのように、
軌道沿いに咲く野草の花に目を奪われていました。

昭和三十年代の、通勤通学時間帯の車内はひどい混雑でした。
でも私は不愉快な思いをした記憶がありません。
乗客全員の身体がへしまがるような急ブレーキも何度かありましたが、
みんな穏やかに助け合って乗車していたように思います。

いま思い出しました。
ある日、中学生の私の帰宅途上。
西宮北口駅から乗る乗客がやたら多く、車内になだれ込みます。
私の目前に、胸の大きな高校生のおねえさんが。
つぶされそうな混雑状態でしたが、私は両手を扉だったかに踏ん張って支え、
おねえさんに触れないように頑張りました。
脂汗くらい垂らしていたかもしれません。
するとその見知らぬおねえさんは、
私に向かって実に上品にニコッと笑いかけてくれました。
まるで自分が痴漢でもしているかのような、故のない罪悪感を感じていたものですから、
その笑顔はしばらく私の宝物になりました。

鎖骨骨折をして、上半身にサイボーグのように石膏ギプスをはめ、
それを詰め襟で隠して通学していたときだけは、
さすがにからだ触れ合った周囲の乗客からギョッとされましたけれど(笑)。


bellwood1975さんの動画



この映画の時代設定は、私が乗っていた時代のように古いわけではなく、
映画制作時点より少し前くらいの阪急電鉄今津線乗客たちの、心のふれあいを描いていますから、
使われる車両もはるかに新しくなっています。
(とはいえ、3000系という、もう廃車された車両を使っているそうですが)
もちろん西宮北口駅の平面交差もなくなった時代です。

けれど、あの昭和の時代の今津線の雰囲気がまだ残っているかのような、
心がふくらむような想いで映画を楽しむことができました。

そういうわけで、
評価の☆の数も一つくらいは上増ししているかもしれません。


『阪急電車 片道15分の奇跡』

阪急西宮ギャラリーにて


本作品の電車の乗客には、
今日のメシ代をどうかせぐかと思い悩んで目が吊り上がっている人も、
憎悪に凝り固まって心に匕首を忍ばせている人も登場しません。
今津線にはそういう人々は少ないとはいえ、
やはりもちろん描かれている内容は絵空事と言えます。
劇中のセリフを借用すれば、「人生のちょっとした機微」が描かれているに過ぎません。

阪神競馬が開催される曜日には、車中の雰囲気が少々殺伐とする時もあります。
しかしこの映画にはそんな場面はありません。

また、阪神競馬場がかつて巨大な軍需工場だったため、仁川一帯を中心に激しい空襲があったこと、
そのためだったのでしょう、私の家の周囲にまだ防空壕の穴が残っていたこと、
そしてあの高畑勲監督の『火垂るの墓』で、兄と妹が肩寄せ合って生きた防空壕も、今津沿線の山沿いという想定だったこと、
仁川駅から十分も歩けば、阪神・淡路大震災によって大規模な地滑りが起きた、元は住宅地であった斜面に行きつけること、
そんな過去の悲劇が、本作品に反映されることはありません。


それでも、ステキな映画です。
繰り返しになりますが、
大輸送路線では起こりえず、皆が顔見知りのようなローカル線でも起こりえず、澄ましこんだエリート路線でも起こりえないできごとの連鎖が、
ここ阪急今津線ならあり得るかも知れないと思わせる、小さな小さな温かい映画でした。

あと十年もすれば、また見たくなるでしょう。
その時も、ホームでの高須瑠香さんと中谷美紀さんのやりとりに、
思わず涙するでしょうか。


『阪急電車 片道15分の奇跡』




なお、冒頭のカフェシーンをはじめ、
今津線だけではない、三宮や神戸港付近の映像も映りますので、
地元民は、ここはどこだ、のあてっこをしても楽しめます。
さらに付け加えるなら、
やはり関西学院大学キャンパスの美しさは比類が無い、と、
卒業生でもないのにしみじみ感じました。


「聞いてもいないのに教えてくださってありがとう。」(樋口翔子)



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Posted by gadogadojp at 10:00│Comments(0)映画
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