2018年04月24日

『ゴッドファーザー』

データ
『ゴッドファーザー』
評価:☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
年度:1972年
鑑賞:封切りの二年後にスクリーンで鑑賞。そのあと幾度もスクリーン、ビデオ、DVDで鑑賞。
監督:フランシス・フォード・コッポラ
原作:マリオ・プーツオ(プーゾ)
撮影:ゴードン・ウィリス
美術:ウォーレン・クライマー
音楽:ニーノ・ロータ
俳優:マーロン・ブランド(ドン・ヴィトー・コルレオーネ) アル・パチーノ(マイケル)
   ジェームズ・カーン(サンティノ・“ソニー”) ジョン・カザール(フレデリコ・“フレド”)
   ダイアン・キートン(ケイ・アダムス) ロバート・デュヴァル(トム・ヘイゲン)
   リチャード・カステラーノ(クレメンツア)  エイブ・ヴィゴダ(サル・テッシオ)
   タリア・シャイア(コニー・コルレオーネ)
   スターリング・ヘイドン ジョン・マーリー リチャード・コンテ アル・レッティエリ 
   フランコ・チッティ アレックス・ロッコ シモネッタ・ステファネッリ アンジェロ・インファンティ 
   リチャード・ブライト レニー・モンタナ(ルカ・ブラージ) 
製作:アメリカ
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『ゴッドファーザー』




コメント

私の知る範囲のいわゆる娯楽映画(←区別してないのですが)では、
黒澤明監督の『七人の侍』、リドリー・スコット監督の『ブレード・ランナー』等と並ぶ、完璧な映画です。

1972年の封切りのタイミングではこの傑作映画を見られなかった私ですが、
その年に叔母から借りて原作本を読みました。
分厚い本でしたが、一晩で読んでしまいました。

翌々年でしたか、ようやくスクリーンで鑑賞できた時は、三時間ただただ興奮状態。
ただし若僧の私には筋を追うだけで精一杯でした。

その後この作品を観るために映画館に何度も足を運び、
ビデオやDVDでも幾度となく鑑賞しました。

フェリーニ監督の『道』もそうでしたが、
観るたびに年をとるにつれて、新しい発見があり、
新たな人物の気持ちがわかるようになります。
娯楽作品であっても、
経年に耐える映像作品はホンモノです。

今では長男ソニーがただの癇癪持ちの男でないことも、
次男フレドの屈折も、
マイケルの妻ケイの悲しみも、
幹部テッシオの裏切りも理解できます。
もちろん、三男マイケルの悲劇も。

最後のスクリーン鑑賞は、初回から40年後。
ですから、年齢なりにこれらの想いをもう一度確かめることができました。
が、
ガードマンのカーロ役を務めるのはフランコ・チッティさんで、
私のやはり大好きな映画「アポロンの地獄」の主役だったことに、
40年たってようやく気付く抜け作ぶりが我ながら新鮮です。

楽しい楽しい結婚式のシーン、家族の幸せの絶頂から映画は始まります。


『ゴッドファーザー』





批評


 I believe in America.
 America has made my fortune.

   アメリカはいい国です。

映画冒頭、
娘コニーの結婚式のさなか、暗いオフィスで葬儀屋のボナセーラが言った台詞。
けれど、表(オモテ)の社会では、彼らイタリア移民にアメリカの法は冷たい。
娘への暴行傷害犯人には執行猶予の判決。
復讐の念に駆られた彼は法の外の裁きを期待してビトー・コルレオーネの自宅を訪れる。

カネはいくらでも払いますと申し出たが、
それはゴッドファーザーに対する礼儀ではない。
借りをつくりたくないボナセーラの辛うじての意地。
しかし、ビトーは自分をゴッドファーザーとして接しろ、と要求する。
互いの信頼や愛を求める。
さもなければこの願いは断る、と。
ボナセーラの虚勢と打算は折れて、ビトーの手に口づけする。

 Godfather


『ゴッドファーザー』




イタリア移民の世界に発生した、非合法解決ニーズの向かうところ。
それがマフィア。
ギャングも多民族国家アメリカの一部なんだとわかる。


『ゴッドファーザー』




 I think you got hit by the thunderbolt.  

  あんた、雷に打たれたんだな。

マリオ・プーツオの原作の詳細は忘れてしまったけれど、たしか、
シチリアでは「一目惚れ」を「雷に打たれた」と表現する、と書かれていた。

シチリアでは、結婚前のカップルが二人きりでデートするなどもってのほか。
散歩だって親戚が付き添う。
でも、親戚のおばさんだって若い頃があった。
二人きりになりたい気持ちはわかっているから、
少し距離をおいて歩いている。

わざとよろけるアポロニア(マイケルの最初の妻)。
その腕をとって支えるマイケル。
でかした、とばかりに笑うおばさんたち。
手を触れられるわずかな時間を作る「シチリアの散弾銃よりこわい女」たちの知恵。

逃亡先のシチリア。敵の捜索の網にじわじわと追いつめられる状況の中での恋。
でもこれがマイケルの人生でもっとも幸せなひととき。
結婚式でアポロニアと踊るマイケル。
Ⅰ、Ⅱ、Ⅲを通じて唯一の、心の底からの笑顔。少年の顔。


『ゴッドファーザー』



I knew that Santino would have to go through all this.
Fredo was ,well …
But I never wanted this for you.

 おまえには継がせたくなかった


偉大な父親を持った、
それとくらべれば凡庸な息子たち。
その人望と実行力でのしあがった父ほどのトレーニングを積んでいない二代目候補たち。

しかし
ソニーには癇癪だけでなく肉親への愛情が溢れている。 
気の弱いフレドだが、誰に対しても優しく、楽天的だ。


Are you happy with your wife and children?

ビトーが口癖のように問う台詞。
家族の幸せがなにより一番。
これに答えるマイケルの顔には少々屈託がある。

マイケルは、
そう生真面目で有能なマイケルは、合法的な表の世界に適していた。
しかし、家族の宿命が彼を非合法組織の長ゴッドファーザーに押し上げた。

大学を出、良きアメリカ人として軍人の道を進み、勲章まで授かった彼は、
父のように家族や街のイタリア人たちを助けて慕われた経験の無いまま、
動じない、腹の奥を見せない、油断しない強さと冷酷さを身につけなければならなかった。

父ビトーにとってもっとも大切なものはほんとうの家族。
そのことが逆に彼の組織の長、ゴッドファーザーとしての信頼性を担保していた。

しかしその子マイケルは、
まず何よりも父が築き上げ、危機に瀕している組織=ファミリーを維持し、
抗争や裏切りを相手を壊滅させ自らが勝利することで清算し、
ラスベガス利権へと転身する作戦だけに力を注がなくてはならない。
部下たちもそれでようやく彼をゴッドファーザーとして認めるだろう。

その責務はつまりは冷徹なパワーゲームに過ぎず、愛ではない。
そのゲームにマイケルは優れた素質を見せ勝利するものの、
その彼にはいまさら家族/肉親の幸せを何より第一に考える人生は失われてしまっている。

妻アポロニアを部下の裏切りで失った彼は、
愛情を再び育てるいとまもないまま、昔の恋人を強引に伴侶にしたのだが、
その妻ケイの目の前でドアが閉ざされるシーンは、
マイケルの出発時点からのその致命的な欠陥を表す象徴的なシーンだった。
彼は愛情深い父と肩を並べる、夫やゴッドファーザーになる道は初めから閉ざされていたのだ。
マフィア組織はスーパーな男性優位社会ではあるけれど、
妻子を大切にしない男はやがて滅びる。

ゴッドファーザーシリーズという物語は長編の悲劇である。


『ゴッドファーザー』




Is it true? Is it?

No.





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Posted by gadogadojp at 10:00│Comments(0)映画
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