2018年04月07日
『アズミ・ハルコは行方不明』は痛快愉快爽快
データ
『アズミ・ハルコは行方不明』
評価:☆☆☆☆☆☆☆・・・
年度:2016年
鑑賞:封切り時スクリーンにて
監督:松居大悟
原作:山内マリコ
脚本:瀬戸山美咲
俳優:蒼井優 高畑充希 太賀 加瀬亮
製作:日本
allcinemaの情報ページはこちら

コメント
『アズミ・ハルコは行方不明』は痛快愉快爽快
シネ・リーブル神戸の場内に照明が灯って立ち上がりながら、
「いやあ、痛快やったね」と隣の妻に話しかけてしまいました。
その気分はまるでスターウオーズ エピソード4を観た後のような。
ルークがアズミハルコ(蒼井優)、ハン・ソロが木南愛菜(高畑充希)。
批評
女性は男を撃つためにこの映画を観たほうがいい。
男性は女に撃たれるためにこの映画を観たほうがいい。
共に傷だらけになるのだけれど。
トイレットペーパーを買うだけで車に乗らねばならない、
どこで買い物をしても顔見知りから名前を呼ばれる。そんな
閉塞感漂う金太郎飴のような地方の町に住みながら、
その閉塞感を自覚することもないから、
そこから脱却する決意も勇気も持てずにいる多数派日本人は、
いわばデススターで働くストームトルーパー。
声と態度のでかいダークサイドマスターの言いなり。
「おまえが消えて喜ぶ者におまえのオールを任せるな」
と中島みゆきさんや長瀬智也さんが歌ってもその声は届かない。
まして女性はその町の男どもにディスられ続けているから
二重の檻の中に生きているのだが、
女性もやはりストームトルーパーには違いないから、
プロ野球の二軍選手やアフリカ系フランス人を王子様に見立てて夢を託す生き方しか知らないできない。
それだって、女性をお姫様と見ることすらできない男たちより数等マシなのだが。
わたしはこんな歴史を連想した。
ある人間集団A(民族とか階級とか)が、別の人間集団Bに支配・収奪されているとする。
難しいことではなく、ナチス政権下のユダヤ人や近世日本のアイヌ人や琉球人を思いつくだけでいい。
そういうケースでは、集団Aの大多数は無力化し、支配されている現実から目をそらし、その改革を志すことはない。
中には、集団Bに媚び依存することで自分の居場所を作ろうとする者もいる。
しかしその支配から目をそらさない少数者も存在する。
その少数者の先鋭的な抵抗活動が暴力の形を採っても無理はないと思われる。
集団Bの中でも特にあこぎな収奪・搾取者を狙ってテロの標的とするのだ。
あるいは『逃げるは恥だが役に立つ』と考えて行方不明になる者もいるだろう。
世界を変えるより、まずは自分を解放するために。
わたしはこんな漫画を連想した。
一ノ関圭さんという画力ゆかたな漫画家の描いた『だんぶりの家』(単行本『らんぷの下』収録)では、
近世の岩手県の寒村で暮らすかんなという才気煥発な少女が、
医師になりたいという目標を定め、貧しく閉鎖的な農村から女学校に進学しようとして、
結局は叶わないエピソードが描かれている。
かんな「おれは医者になりてえ。この村さ医者さえいれば留は死なねくともよかったし婆も生きてら」
父「童(わらし)の考えるように世の中うまくいったら誰も困らね。」

また、楠勝平さんという夭折した漫画家による『茎』という作品を思い出す(単行本『おせん』収録)。
江戸時代の職人の世界で身を立てようとするつむぎという女性の物語。
男性職人「たしかにつむぎに筋はある だがあれは女ですぜ」
旦那「子供をだいたり洗濯をしたり朝晩のめしをつくるというのかい」
職人「へえ」
旦那「そのことについて以前きいてみたんだが・・・結婚はしないんだとさ」
職人「それじゃかたわだ そりゃアいけねえ」

さらにこんな漫画の一コマも思い出した。
山田芳裕さんの『へうげもの』で千利休が切腹するシーンだ。
最期の瞬間まで大暴れすることで茶のもてなしのこころを尽くす利休が、
床の間に座っていよいよ切腹という時、
二度も壁に腕をぶつけて失敗したため叫んだ言葉が「しぇあ゛ら壁ぇっ!」。
介錯役の古田織部が思わず笑い出すというシーン。
地方の町に住む人々や女性たちにも「しぇあ゛ら壁ぇっ!」と叫びたい瞬間がたくさんあっただろうな、と。

とりあえず
やってみよう。
<指鉄砲でパアン!>
『アズミ・ハルコは行方不明』
評価:☆☆☆☆☆☆☆・・・
年度:2016年
鑑賞:封切り時スクリーンにて
監督:松居大悟
原作:山内マリコ
脚本:瀬戸山美咲
俳優:蒼井優 高畑充希 太賀 加瀬亮
製作:日本
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コメント
『アズミ・ハルコは行方不明』は痛快愉快爽快
シネ・リーブル神戸の場内に照明が灯って立ち上がりながら、
「いやあ、痛快やったね」と隣の妻に話しかけてしまいました。
その気分はまるでスターウオーズ エピソード4を観た後のような。
ルークがアズミハルコ(蒼井優)、ハン・ソロが木南愛菜(高畑充希)。
批評
女性は男を撃つためにこの映画を観たほうがいい。
男性は女に撃たれるためにこの映画を観たほうがいい。
共に傷だらけになるのだけれど。
トイレットペーパーを買うだけで車に乗らねばならない、
どこで買い物をしても顔見知りから名前を呼ばれる。そんな
閉塞感漂う金太郎飴のような地方の町に住みながら、
その閉塞感を自覚することもないから、
そこから脱却する決意も勇気も持てずにいる多数派日本人は、
いわばデススターで働くストームトルーパー。
声と態度のでかいダークサイドマスターの言いなり。
「おまえが消えて喜ぶ者におまえのオールを任せるな」
と中島みゆきさんや長瀬智也さんが歌ってもその声は届かない。
まして女性はその町の男どもにディスられ続けているから
二重の檻の中に生きているのだが、
女性もやはりストームトルーパーには違いないから、
プロ野球の二軍選手やアフリカ系フランス人を王子様に見立てて夢を託す生き方しか知らないできない。
それだって、女性をお姫様と見ることすらできない男たちより数等マシなのだが。
わたしはこんな歴史を連想した。
ある人間集団A(民族とか階級とか)が、別の人間集団Bに支配・収奪されているとする。
難しいことではなく、ナチス政権下のユダヤ人や近世日本のアイヌ人や琉球人を思いつくだけでいい。
そういうケースでは、集団Aの大多数は無力化し、支配されている現実から目をそらし、その改革を志すことはない。
中には、集団Bに媚び依存することで自分の居場所を作ろうとする者もいる。
しかしその支配から目をそらさない少数者も存在する。
その少数者の先鋭的な抵抗活動が暴力の形を採っても無理はないと思われる。
集団Bの中でも特にあこぎな収奪・搾取者を狙ってテロの標的とするのだ。
あるいは『逃げるは恥だが役に立つ』と考えて行方不明になる者もいるだろう。
世界を変えるより、まずは自分を解放するために。
わたしはこんな漫画を連想した。
一ノ関圭さんという画力ゆかたな漫画家の描いた『だんぶりの家』(単行本『らんぷの下』収録)では、
近世の岩手県の寒村で暮らすかんなという才気煥発な少女が、
医師になりたいという目標を定め、貧しく閉鎖的な農村から女学校に進学しようとして、
結局は叶わないエピソードが描かれている。
かんな「おれは医者になりてえ。この村さ医者さえいれば留は死なねくともよかったし婆も生きてら」
父「童(わらし)の考えるように世の中うまくいったら誰も困らね。」

また、楠勝平さんという夭折した漫画家による『茎』という作品を思い出す(単行本『おせん』収録)。
江戸時代の職人の世界で身を立てようとするつむぎという女性の物語。
男性職人「たしかにつむぎに筋はある だがあれは女ですぜ」
旦那「子供をだいたり洗濯をしたり朝晩のめしをつくるというのかい」
職人「へえ」
旦那「そのことについて以前きいてみたんだが・・・結婚はしないんだとさ」
職人「それじゃかたわだ そりゃアいけねえ」

さらにこんな漫画の一コマも思い出した。
山田芳裕さんの『へうげもの』で千利休が切腹するシーンだ。
最期の瞬間まで大暴れすることで茶のもてなしのこころを尽くす利休が、
床の間に座っていよいよ切腹という時、
二度も壁に腕をぶつけて失敗したため叫んだ言葉が「しぇあ゛ら壁ぇっ!」。
介錯役の古田織部が思わず笑い出すというシーン。
地方の町に住む人々や女性たちにも「しぇあ゛ら壁ぇっ!」と叫びたい瞬間がたくさんあっただろうな、と。

とりあえず
やってみよう。
<指鉄砲でパアン!>
Posted by gadogadojp at 10:00│Comments(0)
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